2017年02月02日

「夢のおはなし」和歌山児童家庭支援センター講演会

こんばんは、「心燈 − cocotto −」代表の深山静です。

あっという間に二月に入りました。
ついこの前まで年末年始の慌ただしさがあったような気がします。
一月は仕事だけでなく、色んなことを経験させていただき、また新しい出会いもあったので、本当に濃い時間を過ごせました。

さて、今回は「和歌山児童家庭支援センター・きずな」さんが主催した講演会の感想を書きますね〜。



「和歌山児童家庭支援センター・きずな」さん(以下、きずな)は和歌山市にある子どもと家庭に関する問題や相談に応じる専門支援機関です。
児童養護施設虎伏学園に併設しています。

きずなでは二年に一回、大きな研修・講演会を主催しており、今年がその大きな講演会に当たる年でした。
講演会のテーマは「夢のおはなし 見つかるかな? 夢からのメッセージ」です。
講師はアライアント国際大学カリフォルニア臨床心理大学院日本校の准教授であり、臨床心理士でもある「江夏亮先生」。
チラシのお写真は若い頃のもので、実際の江夏先生は白髪の素敵な方でした。

なぜ江夏先生を講師に招いたのか。
きずなでは、保護している子どもたちや相談に来る子どもたちとの面談や日常の会話の中で、昨夜見た夢や印象に残って忘れられない夢の話によく耳を傾けているそうです。
子どもたちが睡眠時に見た夢を、きずなの臨床心理士をはじめとした職員が聞き取ることで、夢が発した無意識下のメッセージを読み解こうというものです。
またきずなには江夏先生の教え子もいるそうで、その縁で遥々東京から和歌山にお越し下さったようでした。

世間一般に出回っている夢辞典や夢占いの本の内容を、簡単に鵜呑みにしてはいけないと江夏先生は切り出しました。
というのも、わたしたちはみな異なる状況下で日常生活を送っています。
年齢も違えば、既婚未婚、職業や性格など一つとして全てが同じというわけではありません。
ですので、夢の中のシンボル(特徴)が夢占いの本に載っている意味と必ずしも一致する(表してる)とは限らないわけです。

ただ、夢というのはその人の無意識下でのビデオメッセージともいえるそうです。
うつ病に有効な治療法の代表例である「認知行動療法」発案のきっかけを作ったアーロンベックは、その研究過程において、うつ病患者が報告する夢の内容と、そうでない人が報告する夢の内容を比較しました。
そうすると「悪夢」を見たという人の数は、うつ病患者のほうが多いという結果が出ました。

現実世界で何らかのストレスやプレッシャーを感じている人が悪夢を見やすいんですね。
例えていうなら、日々の仕事に追われている人が夢の中でも仕事に追われていたり、怪物に追いかけられて怖い思いをしたというものです。

ですので、もし気になる夢を見た場合、夢辞典の本などを見て、夢のシンボルが何であったかをそのまま鵜呑みにするよりは、まず自分の日常生活を冷静に見つめ直すことが必要とされます。

今日の心理学において大きな礎を築いたユングも「夢の補償性」を指摘しています。
「補償性」とは、無意識の判断が意識的な判断を補っていくということなのですが。
更に詳しく説明しますと、現実世界の環境について「夢」が放っておいても構わないと判断したときにはあまり夢を覚えていないけれど、現実世界の環境について危険な状態であると「夢」が判断したときは、警告のために悪夢を見ることがあるということです。
その反対に「これは自分の中でよい方向への大きな変換期」「とても楽しい展開が待っているぞ」と夢(無意識)が判断したときには、楽しい夢を見てそれを教えてくれるということです。

ただ、その判断をどう取るかは、日頃から自分の見た夢の内容と現実世界での自分の置かれた環境、状況とを対比し続けていくことが大事です。

困難に失敗する夢を見た。
現実世界でとてつもないストレスがあって、心が折れかかっているのだろうか。
それとも別の手段を取って、今の課題を乗り越えるべきなのだろうか。
困難に成功する夢を見た。
これはやる気を増幅させたり、再チャレンジを促している(諦めるなと夢が伝えている)のだろうか。

いずれも判断を下すためには、日頃から自分自身を観察する目がないとできないわけです。
また夢の内容について判断を下すのは、臨床心理士や友人、家族などの聞き手ではありません。
夢を見た本人が最終的な判断を下すのです。
江夏先生もご自身で心の健康相談室を主宰されていますが、クライアントから夢の話を聞いても、「それはこういう意味だ」「このシンボルはこういうことを意味する」とは言いません。
夢が教えてくれることをクライアント自身が考え、気付き、理解することが大事なので、同時にカウンセリングも行い、なぜこんな夢を見たのだろうかとそのおおもとに繋がる部分に江夏先生はアプローチをかけていきます。

きずなに日常生活の不安や課題を相談する子どもたちも、夢が何を意味するのか、自分で確認し、その課題を乗り越えていく。
あくまで臨床心理士や職員は、その確認作業のための道筋をつけるだけの存在なのですね。

ただ、一般的に気になる夢を見たからと言って、カウンセリングを受けに行くことはそう簡単ではありません。
お金もかかりますからね。
なので、わたしたちが自分自身で夢を紐解くためには、夢を覚えておく必要があります。
起きた直後は夢を覚えていても時間の経過で忘れてしまうことが多々あります。
いくら日常生活と照らし合わせて、夢が何を意味するのか考えようとも、肝心の夢の内容を覚えていないと意味がないです。

枕元に夢を書き留めるノートを置いたり、印象的だった事柄から少しずつ細部を思い出す癖付けをする、記憶を逆に辿ることなどが有効だそうです。
これはトランスパーソナル心理学の一つでもあります。
またイメージで細部を思い出すことは、認知症予防にも繋がるそうです。

もし悪夢を見た場合は、何か嫌なことがこれから起きるのではないか、今自分が置かれている状況がやはり悪いものなのだと思うのではなく、肯定的に、建設的に夢を創造(想像)し直すといいそうです。
結局のところ、現実世界で課題があったとしてそれを乗り越えるには、自分自身が前向きな考え方でいないと難しいものです。
困ったことがあって、嫌なことがあって、ネガティブな感情のままでいるのではなく、自分の都合のいいように妄想してみるのも一つの手段です。

いやいや、心の不調を訴えている人(子ども、大人)にとって、そんなポジティブに物事を考えらるのであれば、最初から悩んで苦しんでないよと思われるかもしれません。
少しでも心に余裕があるときでいいので、自分がプラスに思うことで、ちょっとずつ癖付けしていくことが大事なんですね。

二時間の講演でしたが、内容が非常に濃く、すべての小テーマまでは辿り着きませんでした。
恐らく、江夏先生やきずなが触れたかったメインテーマ「子育てのヒント」について、子育てをしている方または子どもが不安を感じていて、それが夢に現れたとしても、むやみに悩みのではなく、別の捉え方もあるから恐れないでいいよと伝えたかったのだと思います。
その道筋を一緒に辿る存在が、たとえばメンタルクリニックやカウンセリングルームであったり、市町村機関の相談窓口、または児童家庭支援センターなのです。


夢って身近なものであるし、スピリチュアルなイメージもあるし、科学的に考えられるものでもあるので、今回の講演は時間不足をとても感じ、できることならもっと聞いていたかったです。
また児童家庭支援センターの役割はもっと地域に周知してもいいのではないかと感じました。
きずなのパンフレットも用意して頂いていたので見ましたが、相談内容は「子育て」「しつけ」「進路」「友達」「性格」など幅広くできます。
相談は無料ですし、当然秘密厳守なので、もし「相談したいな」「誰かに聞いてほしいな」という気持ちができたときでいいので、その相談相手に児童家庭支援センターがあることを意識の片隅にでも置いていただければいいなと思います。

児童家庭支援センターは全国市町村98か所(平成25年8月末現在)に設置されています。
設置されていない県もありますが、そんなときは自治体の保健センターや児童福祉に関連する相談窓口に相談してみて下さい。



最後に、和歌山児童家庭支援センターのHPアドレスを載せておきます。
和歌山児童家庭支援センターきずな http://torafusu.jp/kizuna.html

今後も和歌山県内、関西圏で参加した講演内容をまとめ記事として上げていきますね。
ここまで読んでくださりありがとうございます。

次回はこの翌日に行った文学フリマ京都でのことを書きたいと思います!
posted by 深山静 at 21:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

noteコラム更新しました。

こんばんは、「心燈 - cocotto -」代表の深山静です。

わたしはクリエイター系SNS noteを短歌や川柳の練習の置き場として利用しているのですが、半生の記録としてコラム置き場としても利用することにしました。

「心燈 - cocotto -」のブログでも自分のことはおいおい綴っていければいいなとは思うんですが、わたし個人色が強すぎるときにはnoteを利用するという二段構えでいこうと思います。

今回は自己紹介というか、わたしが公務員になったきっかけをぐだぐだ〜っと書いています。
少し内容が暗いですし、現在介護をしている方はしんどいかなと思う部分もありますが、お読みいただければ幸いです。


みやまとみやまの好きなものとその他 「自己紹介1」


よろしくお願いします。


追伸)先日、「和歌山児童家庭支援センターきずな」さん主催の講演会に参加しました。
そのときの感想を後日記事にして上げる予定です。
また数年ぶりに電車に乗ってお出かけし、文学フリマ京都にも行ってきましたので、それもログとして残します^^
posted by 深山静 at 19:14| Comment(0) | noteコラム更新 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

NHKスペシャル「ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜」

こんばんは、「心燈 - cocotto -」代表の深山静です。

1/7、NHK総合で放送されたNHKスペシャル「ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜」を見て、胸が熱くなりました。


わたしは地元の市役所で勤務しているのですが、採用試験の面接の際に「退職後は寺子屋を作って、地域の子どもたちや大人が一緒になって学び生きていける場所を作りたいです」と言い、それはわたしが心燈の根幹にあります。
寺子屋と言っても学童とは違います。
フリースクールにも似ていて、少し違います。
生き辛さを感じている人々が集える場所というのはフリースクールとは同じなのですが、土を触ったり、漁のお手伝いを学んだり、何かしら地元の産業と連携を取って、「地元を愛してもらうこと」「自分が生まれた場所を、育った場所を愛してもらうこと」それらから「自分自身を愛してもらう」ことをテーマにしています。
それが今後、「心燈 - cocotto -」の運営とどう関わっていくのか、今の時点では分かりませんが、昔から掲げていた夢を密接に絡ませながら、「心燈 - cocotto -」を成長させていければと考えています。


さて本題に戻り、「ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜」ですが、これは80歳を過ぎたばっちゃんが居場所のない子どもたちのためにご飯を食べさせて、居場所を提供し、苦しい状況から一歩前へ進ませるお手伝いをしていることを特集とした番組です。

この中でばっちゃんは「お腹が空いた子はみんな悪さをする。女の子なら売春、男の子ならケンカ、カツアゲ、万引き」。
その言葉には非常に説得力がありました。
長い間子どもたちに寄り添い一緒に悩み一緒に笑い、その巣立ちを、出戻っても優しく受け止めることを続けて来られたからこその言葉でした。

子どもたちも見た目は茶髪で眉毛が半分なくていかにも悪さをしてそうな子たちですが、ばっちゃんのご飯を食べているときは年相応の表情に戻ります。
二人の男の子が天丼を食べているとき、一人の子が番組スタッフに対して「一度食べたほうがいいっすよ。うまいですもん」って言うんですが、物を食べるときに「美味しい」って感じられるのは心が正常な判断をしている証拠だと思います。
わたしは病気になっていたときお腹は空くけれど何を食べても味がしませんでした。
どうせ吐いたり下すだけのものだと思うと、今度は異物を咀嚼するだけの行為になりました。
子どもたちと状況は違いますが、味のしないものを無理やり食べて、それが嫌で空腹を選んだ時の気持ちはかなり荒みます。
脳を働かせるエネルギーがないからだと今では分かります。

また番組の中でよく取り上げられていたのがマコトくん。
小さい頃からばっちゃんのところでご飯を食べていましたが、少年院に入ることになり、しばらくはばっちゃんのご飯を食べられませんでした、
少年院から出てきて、一人暮らしをし始めるんですが、そのときにばっちゃんに久しぶりに会いに行って、途端表情が数年前の映像の表情と同じになっていました。
「男前になったねえ」ってばっちゃんが言い、確か成長した姿は大人びているのですが、目元がね、何とも数年前のマコトくんの照れくさいような甘えるような安心するような感じが伝わってきました。
今は保育士になるという夢ができて、短大を目指しているそうです。
そういう新しい道を考えられるようになったのもばっちゃんがご飯を食べさせてくれて、話を聞いてくれて、ときには叱ってくれて、受け止めてくれて、居場所を常に作っていてくれたからだと思います。

あと印象的だったのは、「食べて語ろう会」を開いていること。
地域の人たちにも手伝ってもらって子どもたちと一緒にご飯を作って、更にはその親御さんとも話をする。
勿論一番苦しいのは子どもたちですが、その親御さんのケアもされていることに、家族全体で立ち直るんだよとエールを送っていらっしゃいました。

「食べる」って大事ですね。
人の体を心を動かす大事なエネルギー源を得る行為。
それが「食べる」です。
「心燈 - cocotto -」もカフェを開いてお茶をしたり美味しいものを食べたり、そうしておしゃべりをして、自分の気持ちを誰かに伝えるっていう場を作る予定なんですが、改めて「食べる」ことの大事さに気付かされました。
何より「食べる」ことをするためには「場所」が必要であり、その「場所」っていうのはホーム=居場所なんですよね。
それは例えば自分の家だけでなく外食でもいいと思います。
お気に入りのお店でもいいと思います。
自分が落ち着ける場所が、そして心身に栄養を行き渡らせることができる場所であれば、それはどこでもいいんじゃないかなって思います。

最後に、番組の冒頭に近いくらいではありましたが、ばっちゃんが「最近はご飯を食べて、居場所を提供して、それでも立ち直るのが難しくなってきた」と仰っていました。
ばっちゃんが子どもたちにご飯を食べさせるのを始めた頃と比べて、子どもたちの抱える問題、取り巻く環境が複雑化していることを表しているのですね。
しかしそれでも諦めずに根気よく子どもたちの帰りを待ち、ご飯を食べさせ、話を聞いて、時には褒め、時には叱り、家族でなくて、でも家族のような存在であり続けるばっちゃん。
わたしもそんなばっちゃんの思いを見習いたいなと思いました^^

ばっちゃん、82歳だそうです。
どうぞお体にお気をつけて、これからも子どもたちに寄り添っていただきたいです。

放送は終わってしまいましたが、NHKのリンクを繋いでおきますね。
NHKスペシャル「ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜」

こちらも参考にさせて頂きました。
ふるさと発スペシャル「ばっちゃん引退〜広島・基町 名物保護司 最後の日々〜」 
posted by 深山静 at 22:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月02日

本人の性格をどう受け取るか

新年だからと言って、普段食べないようなよいお肉を食べてお腹を壊しました><
どうも、こんにちは、「心燈 - cocotto -」代表の深山静です。
お腹痛いんですが、その痛みを紛らわすためにちょっと考え事をしてみました。


「職場におけるメンタルヘルスケア対策に関する調査」(2010年実施・独立行政法人労働政策研究・研修機構)において、心の健康問題が現れる原因として、「本人の性格の問題」が67.7%で1位として挙げられているのをご存知でしょうか。
2位は「職場の人間関係」58.4%、3位「仕事量、負荷の増大」38.2%、4位「仕事の責任の増大」31.7%と続きます。

回答対象は事業所ですが、事業所から見て心の健康問題の原因に「本人の性格の問題」が1位として挙げられるのはいかがなものかと感じました。(有効回答数率は4割を切っているので、決して高いとは言えません)
ちょうどメンタルヘルスマネジメントの勉強をしていて、初期の段階で出てきた内容でしたので、備忘録兼自分の思いとしてブログに挙げます。
個人的に「え? 本人の性格の問題って、好きで病気になる人なんておらんて!」って思わずツッコミを入れてしまいましたし、「事業所が自分が悪くありませんって堂々と言ってんの?」とも思いましたので、その考えばかりに固執するのではなく、別の考え方もしてみたいと思います。


この「本人の性格の問題」ですが、二つの面から解釈できるのではないでしょうか。
悪意的に取れば「本人が勝手に病気になった」「自分で抱え込み過ぎたからだ」「自分で解決しようとして自身を追い込んだ」と、「事業所側は悪くない」と受け取れます。
好意的に取れば「真面目な性格で責任感が強すぎた」と思い浮かびますが、わたしとしてはそれしか浮かびませんでした。(自分のボキャブラリーのなさに反省)

悪意的な観点から考えて、仕事や職業生活が原因で心の病に罹り、連続した1か月以上の休職及び退職になった場合、また自殺者が出た場合、それを世間から指摘されると事業所は罹患した人に対して「自己責任」であると取れる発言をしがちです。
しかし最近は過労死問題等で世間はとても敏感になっています。
昔と違って多様な価値観も生まれ、自分を取り巻く環境も複雑化しているので、「根性が足りない」とか「弱い人間だ」と言い切るのは乱暴です。
勿論、世間がこの手の問題に敏感になるのは人の命に関わることですし、明日はわが身の部分もあるので当然のことなのかなあと思います。

過労死問題に関わる件について世間から問われた際に、事業所は繊細な回答を求められますが、まだまだ日本の社会においては「隠ぺい」や「責任逃れ」が体質・行動の芯の部分にあり、どうしても負の連鎖(炎上)を招く発言をしてしまいます。
そのことに対しては、残念なことではあるのですが、過労死問題がクローズアップされるたびに世間が声を上げ、社会全体が取り組むべき問題として真摯に考えていくことになるのだと思います。
いわゆる「学び直し」と言えるのかもしれません。

また好意的な観点から考えて、真面目な性格というのは評価されやすい一方、否定的なイメージを持ちがちです。
何事も多角的に受け取れますから、「堅苦しい」と言われる場合もあります。
しかし、「真面目」というのはできればよいイメージで受け取り続けたいものです。
人が雑に取り扱う部分も事細かにチェックしてくれる、真剣に物事に取り組む、粘り強いなど、仕事をする上では必要なものを備えています。
同様に「不真面目」もまた手を抜く加減、ポイントを知っているという意味で、悪いことばかりではないのだと知って欲しいなと思います。
ですから「真面目過ぎる」本人の性格があるのならば、仕事に追われ過ぎ、のめり過ぎ、精神的負担がかかり過ぎているのであれば、管理職は職場の状況や本人の様子をしっかり把握し、ときにはセーブをかけることをして頂きたいです。
それ以前に一か所に仕事が集中し過ぎないような裁量を心がけることと、従業員の持つ仕事の進捗状況を常に確かめるべきだと思います。
それが管理職の責任でもありますし、事業所においてのヘルスケアを考える上で「マネジメントシステム」を採用する意義がそこにあるのではないでしょうか。


心の健康問題が現れる原因に「本人の性格の問題」が67.7%も占めていたことについては、できれば好意的な受け取り方で今後向き合っていかねばならないのではないかと思います。
事業所の隠ぺい体質など負の面もあるでしょうが、それをそのままにするのではなく、能動的に、積極的に改善していく姿勢を望みたいです。

勉強の初っ端から難しいテーマにぶち当たってしまいましたが、こうして自分の考えをこね回しながら、言葉に表していくのは、自分という存在を整理する上で大切なことだと思います。
毎日こんな風に考えていたらしんどくなると思いますが、たまには色んな考え方を模索するのも頭のエクササイズとしていいのかもしれません。



あ。
この記事を書くにあたり、こちらの記事【『うつ病になるのは「本人の性格の問題」』いいかげん自己責任を押し付けるのはやめようよ。】を参考にさせて頂きました。
OECDからツッコミ入っているようなので、日本人の気質というか風潮なんでしょうね。

因みに畏まった表現でこのブログを挙げましたが、書き慣れない内容なので「ええかっこしいやないかー」と思われるかもしれませんがご容赦ください。
書いてる本人が「ボロ出まくってますぜ」と痛いほど感じております。

うう、誤魔化し誤魔化し書き進めたけど、やっぱりお腹痛いー。
posted by 深山静 at 17:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

「心燈 - cocotto -」代表の深山静です。

昨年は「心燈 - cocotto -」誕生の年、そして今年は「心燈 - cocotto -」の準備体操の年となります。
「心燈 - cocotto -」を立ち上げようと思い立つまで、ぼんやりと何かしたいと思い続けてはいたものの、多くの人との出会い、それも奇跡や偶然としかいいようのない不思議なご縁に導かれて、私自身立ち上がることができました。
きっと一人では思い続けて終わりのままだったと思います。

今年は「人脈を広げる」を大きなテーマにしています。
その中でも私が憧れ、そして勇気を貰った人たちに、「心燈 - cocotto -」の理念と今後の活動をお伝えするべく絶対に絶対にお会いしに行く予定です。
お会いできない場合は何らかのツールを使って、気持ちを伝えようと思います。
私に一歩踏み出す勇気を下さった方に、感謝を伝えるために会いに行き、更なるご縁を結んできたいと考えています。

人は一人では生きていけないことを私は昨年本当に痛感しました。
いい意味での感じ方もあったのですが、悲しい出来事を通して「ひとりじゃない」ことの真の意味を考えさせられました。
あの体験がなければ「心燈 - cocotto -」を立ち上げたとしても、三日坊主になっていたかもしれません。

なので、あのときに感じた思いをこの先決して忘れず、今年は多くの人とお会いして「心燈 - cocotto -」のことを知ってもらおうと思います。
飛躍、とまではいきませんが、飛躍するための準備体操をしっかりと行い、皆さんと一緒に一歩前へ踏み出せられたらといいな。

まだまだ新米代表ですが、今後とも「心燈 - cocotto -」及び深山静をよろしくお願いいたします。
皆さんの一年が去年よりハッピーでありますように。
posted by 深山静 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする