2017年03月01日

電子書籍へ川柳が掲載されました^^

こんばんは、「心燈 - cocotto -」代表の深山静です。

本日は、川柳投稿サイトまるせんさんが編集した電子書籍のお知らせです^^
わたし、深山静の川柳も何句か載せて頂いております。


うまくリンクが繋げられるか分からないのですが、電子書籍のタイトルとまるせんさんのHPのリンクを貼りますね。

「都道府県川柳」kindle価格500円
都道府県川柳 まるせん川柳 -
都道府県川柳 まるせん川柳 -

「鉄道川柳」kindle価格420円
鉄道川柳 まるせん川柳 -
鉄道川柳 まるせん川柳 -

どちらもまるせんさんでコンテストとして募集された川柳をまとめています。
掲載されている句はとても面白くて、今回都道府県、鉄道と合わせて読んだら、旅行したくなること間違いなしです。


まるせんさんは常に面白いコンテストを開催されていたり、面白そうなお題やバリエーションが多い背景画像など、川柳を始める・投稿するのに気軽に参加できる作りをしています。

川柳投稿サイトまるせん


川柳は俳句と並んで、日本で最も短い定型詩です。
俳句と比べると季語を入れる必要もないので、まずは考えやすい、詠みやすいかなと思います。
今はサラリーマン川柳やシルバー川柳など色々と本も出ていますが、世間への皮肉だけでなく、日常や自分のことを詠むのもまた川柳の面白さだと思います。

是非是非、お暇なときにでも読んでみて下さいね。
そしてこれをきっかけに川柳始めて頂いたら、いえ、興味を持っていただければすっごい嬉しいです。
よろしくお願いしますー!
posted by 深山静 at 19:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月05日

NEXT 未来のために「響き合う歌〜歌人・鳥居と若者たち〜」

こんにちは、「心燈 − cocotto −」代表の深山静です。
本日連続投稿です。


過ぎてしまいましたが、2/4(土)にNHK総合で「NEXT」という番組の特集で、わたしが自助サークルをするきっかけとなり今も心の指針となっている歌人の鳥居さんが特集されました。

NEXT 未来のために「響き合う歌〜歌人・鳥居と若者たち〜」
http://www4.nhk.or.jp/next-mirai/x/2017-02-04/21/5777/2075080/

セーラー服歌人として注目を浴び、義務教育を受けられないまま大人になった人たちがいることを表現するために短歌を通して活動されています。
番組内では鳥居さんの短歌を通じて、自己の痛みと向き合い、未来に向かって希望を探している鳥居さんと同年代の人々が中心となって取り上げられています。

わたしは放送には出ていませんが、この番組を制作されている方(ディレクターさん)とお話させていただき、そのときのことが自助サークル設立の大きな後押しになりました。
人と話をすることで、鳥居さんの短歌の何に自分は惹かれたのか、何がわたしの中で焦燥感としてあるのか、何がしたいのかを考えさせてくれました。
何より鳥居さんの短歌が本当に好きなディレクターさんだったので、「鳥居さんファン」として一種の共有感(観)に触れた気がします。

また鳥居さん自身も、彼女が短歌と改めて向き合うことになった場面もいくつか取り上げられていて、とても印象的なシーンがありました。

※2/7(火)深夜1:30(2/6(月)25:30)から再放送があるようです。

月額料金が発生しますが、NHKオンデマンドで見逃し配信もしているようなので、興味のある方は是非ご覧ください。
(告知が後になり、また再放送も直前でのお知らせになり、申し訳ございません)
posted by 深山静 at 18:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

文学フリマ京都!

こんにちは、「心燈 − cocotto −」代表の深山静です。

本日は1/22(日)に京都のみやこめっせで開催された第一回文学フリマ京都の感想をブログにUPします。


文学フリマは、すべての人が文学の担い手となることができるイベントとして構想された、文学作品の展示即売会です。
個人、団体、企業がブースを出店し、自費出版の本やCD−ROM、雑貨を売っており、それらは作り手が「自分が<文学>と信じるもの」として作ったものです。


この日のわたしの目標は
「電車に乗る」
「気になるサークルの文芸作品をゲットする」
の2点でした。


特に一番大きいのは「電車に乗ること」です。
パニック障害、うつ病を発症してから、誰に会うか分からない(※誰に会うとも限らない)閉鎖空間で、自分が停めてほしいときに自分の意志ですぐに停められない公共交通機関は障害になっていました。
三年以上は乗っていません。
それまで遠出するときは「寝たい」ので特急や新幹線などはOKだったのですが、各駅停車の電車にすら乗れない状態になっていました。
実際に乗って何かトラブルがあったわけではありません。
「電車に乗る」行為自体が「恐怖」そのものだったのです。

ですが、今回とっても気になるカフェと作家さんがいたのと、車内で好きな音楽聞いてとにかく素知らぬ顔をして和歌山県脱出を図ろうと心に決めました。
大阪まで出てしまえば人ごみに紛れるだろうし、本数も多いので何とかなるかもという考えでした。
この「何とかなるかも」という発想は意外に難しく、気持ちが底辺にあるときは「何とかなるかもの”な”の字」すら出てこないわけです。
周囲の支えがあったからこそ、この発想ができる状態にまで回復したのだなあと、切符を買えたときには本当にありがたく、感動しました。


さて、わたしの計画通りというか、嬉しいことに何の問題もなく京都の会場に着き、一般来場者の入場後はスムーズに買い物ができました。
欲しかった冊子(結社のバックナンバー)は勿論のこと、Twitterで情報を得ていた団体の方とお話もでき、ハッピーな気分に。

かつ、ブラブラしている状態でチェックしていなかったにも関わらず、面白い活動(創作)をされている方ともお話しできたのはよかった!
何せわたしが思いつかない形で「ことば」を表現しているので、これは今後の心燈 − cocotto −の活動においても、視点を考える上でたいへん参考になります。

以下、わたしが面白かったなあと思われるサークル(団体)、個人を三つ紹介させていただきます。

・ことばをたべるカフェみずうみ
 https://www.facebook.com/cafe.mizuumi/
 http://machi-library.org/where/detail/1709/

・Littele Port
 http://little-port.tumblr.com/

・すみだはなさん(絵本作家)
 https://www.facebook.com/すみだ-はな-733344600034237/?ref=page_internal

カフェみずうみさんは、その名の如く「ことばをたべる」ことをイベントとして開催されています。
この日は、詩集購入者(先着順)に漢字を象ったクッキーを小麦粉の中から発掘する作業もさせて頂きました。(わたし、いちばん!)

Little Portのあやみさんは今の時代に珍しい手書き新聞を発行されています。
とても丁寧で温かい造りで、読んでいて楽しくなります。

すみだはなさんは「本」という枠にとらわれない表現方法をしている絵本作家さん。
お手紙の形で作品を作っていたり、読むごとに謎解きできるお話を書かれています。


他にも目から鱗の表現方法との出会いがあり、もう存分に刺激を頂きました。

今後自分がお茶会や勉強会を開催していく上で、自分の気持ちを伝える手段は無限にあることを実感、また是非ともお伝えできればなあと思いを強くしたところです。
関西圏での文学フリマは9月に大阪で開催されます。
皆さんも最寄りの会場にて、是非「ことばの面白さ」に触れ合ってみて下さい^^

因みに心燈 − cocotto −は9月の文学フリマへの参加を予定しています。
深山静の個人誌(歌集)と心燈Letterを頒布できればなあと思いつつ、現在鋭意編集作業中です。
このブログでも進捗状況をお知らせしますね。

次回は何の記事にしようかなあ。
posted by 深山静 at 18:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月02日

「夢のおはなし」和歌山児童家庭支援センター講演会

こんばんは、「心燈 − cocotto −」代表の深山静です。

あっという間に二月に入りました。
ついこの前まで年末年始の慌ただしさがあったような気がします。
一月は仕事だけでなく、色んなことを経験させていただき、また新しい出会いもあったので、本当に濃い時間を過ごせました。

さて、今回は「和歌山児童家庭支援センター・きずな」さんが主催した講演会の感想を書きますね〜。



「和歌山児童家庭支援センター・きずな」さん(以下、きずな)は和歌山市にある子どもと家庭に関する問題や相談に応じる専門支援機関です。
児童養護施設虎伏学園に併設しています。

きずなでは二年に一回、大きな研修・講演会を主催しており、今年がその大きな講演会に当たる年でした。
講演会のテーマは「夢のおはなし 見つかるかな? 夢からのメッセージ」です。
講師はアライアント国際大学カリフォルニア臨床心理大学院日本校の准教授であり、臨床心理士でもある「江夏亮先生」。
チラシのお写真は若い頃のもので、実際の江夏先生は白髪の素敵な方でした。

なぜ江夏先生を講師に招いたのか。
きずなでは、保護している子どもたちや相談に来る子どもたちとの面談や日常の会話の中で、昨夜見た夢や印象に残って忘れられない夢の話によく耳を傾けているそうです。
子どもたちが睡眠時に見た夢を、きずなの臨床心理士をはじめとした職員が聞き取ることで、夢が発した無意識下のメッセージを読み解こうというものです。
またきずなには江夏先生の教え子もいるそうで、その縁で遥々東京から和歌山にお越し下さったようでした。

世間一般に出回っている夢辞典や夢占いの本の内容を、簡単に鵜呑みにしてはいけないと江夏先生は切り出しました。
というのも、わたしたちはみな異なる状況下で日常生活を送っています。
年齢も違えば、既婚未婚、職業や性格など一つとして全てが同じというわけではありません。
ですので、夢の中のシンボル(特徴)が夢占いの本に載っている意味と必ずしも一致する(表してる)とは限らないわけです。

ただ、夢というのはその人の無意識下でのビデオメッセージともいえるそうです。
うつ病に有効な治療法の代表例である「認知行動療法」発案のきっかけを作ったアーロンベックは、その研究過程において、うつ病患者が報告する夢の内容と、そうでない人が報告する夢の内容を比較しました。
そうすると「悪夢」を見たという人の数は、うつ病患者のほうが多いという結果が出ました。

現実世界で何らかのストレスやプレッシャーを感じている人が悪夢を見やすいんですね。
例えていうなら、日々の仕事に追われている人が夢の中でも仕事に追われていたり、怪物に追いかけられて怖い思いをしたというものです。

ですので、もし気になる夢を見た場合、夢辞典の本などを見て、夢のシンボルが何であったかをそのまま鵜呑みにするよりは、まず自分の日常生活を冷静に見つめ直すことが必要とされます。

今日の心理学において大きな礎を築いたユングも「夢の補償性」を指摘しています。
「補償性」とは、無意識の判断が意識的な判断を補っていくということなのですが。
更に詳しく説明しますと、現実世界の環境について「夢」が放っておいても構わないと判断したときにはあまり夢を覚えていないけれど、現実世界の環境について危険な状態であると「夢」が判断したときは、警告のために悪夢を見ることがあるということです。
その反対に「これは自分の中でよい方向への大きな変換期」「とても楽しい展開が待っているぞ」と夢(無意識)が判断したときには、楽しい夢を見てそれを教えてくれるということです。

ただ、その判断をどう取るかは、日頃から自分の見た夢の内容と現実世界での自分の置かれた環境、状況とを対比し続けていくことが大事です。

困難に失敗する夢を見た。
現実世界でとてつもないストレスがあって、心が折れかかっているのだろうか。
それとも別の手段を取って、今の課題を乗り越えるべきなのだろうか。
困難に成功する夢を見た。
これはやる気を増幅させたり、再チャレンジを促している(諦めるなと夢が伝えている)のだろうか。

いずれも判断を下すためには、日頃から自分自身を観察する目がないとできないわけです。
また夢の内容について判断を下すのは、臨床心理士や友人、家族などの聞き手ではありません。
夢を見た本人が最終的な判断を下すのです。
江夏先生もご自身で心の健康相談室を主宰されていますが、クライアントから夢の話を聞いても、「それはこういう意味だ」「このシンボルはこういうことを意味する」とは言いません。
夢が教えてくれることをクライアント自身が考え、気付き、理解することが大事なので、同時にカウンセリングも行い、なぜこんな夢を見たのだろうかとそのおおもとに繋がる部分に江夏先生はアプローチをかけていきます。

きずなに日常生活の不安や課題を相談する子どもたちも、夢が何を意味するのか、自分で確認し、その課題を乗り越えていく。
あくまで臨床心理士や職員は、その確認作業のための道筋をつけるだけの存在なのですね。

ただ、一般的に気になる夢を見たからと言って、カウンセリングを受けに行くことはそう簡単ではありません。
お金もかかりますからね。
なので、わたしたちが自分自身で夢を紐解くためには、夢を覚えておく必要があります。
起きた直後は夢を覚えていても時間の経過で忘れてしまうことが多々あります。
いくら日常生活と照らし合わせて、夢が何を意味するのか考えようとも、肝心の夢の内容を覚えていないと意味がないです。

枕元に夢を書き留めるノートを置いたり、印象的だった事柄から少しずつ細部を思い出す癖付けをする、記憶を逆に辿ることなどが有効だそうです。
これはトランスパーソナル心理学の一つでもあります。
またイメージで細部を思い出すことは、認知症予防にも繋がるそうです。

もし悪夢を見た場合は、何か嫌なことがこれから起きるのではないか、今自分が置かれている状況がやはり悪いものなのだと思うのではなく、肯定的に、建設的に夢を創造(想像)し直すといいそうです。
結局のところ、現実世界で課題があったとしてそれを乗り越えるには、自分自身が前向きな考え方でいないと難しいものです。
困ったことがあって、嫌なことがあって、ネガティブな感情のままでいるのではなく、自分の都合のいいように妄想してみるのも一つの手段です。

いやいや、心の不調を訴えている人(子ども、大人)にとって、そんなポジティブに物事を考えらるのであれば、最初から悩んで苦しんでないよと思われるかもしれません。
少しでも心に余裕があるときでいいので、自分がプラスに思うことで、ちょっとずつ癖付けしていくことが大事なんですね。

二時間の講演でしたが、内容が非常に濃く、すべての小テーマまでは辿り着きませんでした。
恐らく、江夏先生やきずなが触れたかったメインテーマ「子育てのヒント」について、子育てをしている方または子どもが不安を感じていて、それが夢に現れたとしても、むやみに悩みのではなく、別の捉え方もあるから恐れないでいいよと伝えたかったのだと思います。
その道筋を一緒に辿る存在が、たとえばメンタルクリニックやカウンセリングルームであったり、市町村機関の相談窓口、または児童家庭支援センターなのです。


夢って身近なものであるし、スピリチュアルなイメージもあるし、科学的に考えられるものでもあるので、今回の講演は時間不足をとても感じ、できることならもっと聞いていたかったです。
また児童家庭支援センターの役割はもっと地域に周知してもいいのではないかと感じました。
きずなのパンフレットも用意して頂いていたので見ましたが、相談内容は「子育て」「しつけ」「進路」「友達」「性格」など幅広くできます。
相談は無料ですし、当然秘密厳守なので、もし「相談したいな」「誰かに聞いてほしいな」という気持ちができたときでいいので、その相談相手に児童家庭支援センターがあることを意識の片隅にでも置いていただければいいなと思います。

児童家庭支援センターは全国市町村98か所(平成25年8月末現在)に設置されています。
設置されていない県もありますが、そんなときは自治体の保健センターや児童福祉に関連する相談窓口に相談してみて下さい。



最後に、和歌山児童家庭支援センターのHPアドレスを載せておきます。
和歌山児童家庭支援センターきずな http://torafusu.jp/kizuna.html

今後も和歌山県内、関西圏で参加した講演内容をまとめ記事として上げていきますね。
ここまで読んでくださりありがとうございます。

次回はこの翌日に行った文学フリマ京都でのことを書きたいと思います!
posted by 深山静 at 21:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

NHKスペシャル「ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜」

こんばんは、「心燈 - cocotto -」代表の深山静です。

1/7、NHK総合で放送されたNHKスペシャル「ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜」を見て、胸が熱くなりました。


わたしは地元の市役所で勤務しているのですが、採用試験の面接の際に「退職後は寺子屋を作って、地域の子どもたちや大人が一緒になって学び生きていける場所を作りたいです」と言い、それはわたしが心燈の根幹にあります。
寺子屋と言っても学童とは違います。
フリースクールにも似ていて、少し違います。
生き辛さを感じている人々が集える場所というのはフリースクールとは同じなのですが、土を触ったり、漁のお手伝いを学んだり、何かしら地元の産業と連携を取って、「地元を愛してもらうこと」「自分が生まれた場所を、育った場所を愛してもらうこと」それらから「自分自身を愛してもらう」ことをテーマにしています。
それが今後、「心燈 - cocotto -」の運営とどう関わっていくのか、今の時点では分かりませんが、昔から掲げていた夢を密接に絡ませながら、「心燈 - cocotto -」を成長させていければと考えています。


さて本題に戻り、「ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜」ですが、これは80歳を過ぎたばっちゃんが居場所のない子どもたちのためにご飯を食べさせて、居場所を提供し、苦しい状況から一歩前へ進ませるお手伝いをしていることを特集とした番組です。

この中でばっちゃんは「お腹が空いた子はみんな悪さをする。女の子なら売春、男の子ならケンカ、カツアゲ、万引き」。
その言葉には非常に説得力がありました。
長い間子どもたちに寄り添い一緒に悩み一緒に笑い、その巣立ちを、出戻っても優しく受け止めることを続けて来られたからこその言葉でした。

子どもたちも見た目は茶髪で眉毛が半分なくていかにも悪さをしてそうな子たちですが、ばっちゃんのご飯を食べているときは年相応の表情に戻ります。
二人の男の子が天丼を食べているとき、一人の子が番組スタッフに対して「一度食べたほうがいいっすよ。うまいですもん」って言うんですが、物を食べるときに「美味しい」って感じられるのは心が正常な判断をしている証拠だと思います。
わたしは病気になっていたときお腹は空くけれど何を食べても味がしませんでした。
どうせ吐いたり下すだけのものだと思うと、今度は異物を咀嚼するだけの行為になりました。
子どもたちと状況は違いますが、味のしないものを無理やり食べて、それが嫌で空腹を選んだ時の気持ちはかなり荒みます。
脳を働かせるエネルギーがないからだと今では分かります。

また番組の中でよく取り上げられていたのがマコトくん。
小さい頃からばっちゃんのところでご飯を食べていましたが、少年院に入ることになり、しばらくはばっちゃんのご飯を食べられませんでした、
少年院から出てきて、一人暮らしをし始めるんですが、そのときにばっちゃんに久しぶりに会いに行って、途端表情が数年前の映像の表情と同じになっていました。
「男前になったねえ」ってばっちゃんが言い、確か成長した姿は大人びているのですが、目元がね、何とも数年前のマコトくんの照れくさいような甘えるような安心するような感じが伝わってきました。
今は保育士になるという夢ができて、短大を目指しているそうです。
そういう新しい道を考えられるようになったのもばっちゃんがご飯を食べさせてくれて、話を聞いてくれて、ときには叱ってくれて、受け止めてくれて、居場所を常に作っていてくれたからだと思います。

あと印象的だったのは、「食べて語ろう会」を開いていること。
地域の人たちにも手伝ってもらって子どもたちと一緒にご飯を作って、更にはその親御さんとも話をする。
勿論一番苦しいのは子どもたちですが、その親御さんのケアもされていることに、家族全体で立ち直るんだよとエールを送っていらっしゃいました。

「食べる」って大事ですね。
人の体を心を動かす大事なエネルギー源を得る行為。
それが「食べる」です。
「心燈 - cocotto -」もカフェを開いてお茶をしたり美味しいものを食べたり、そうしておしゃべりをして、自分の気持ちを誰かに伝えるっていう場を作る予定なんですが、改めて「食べる」ことの大事さに気付かされました。
何より「食べる」ことをするためには「場所」が必要であり、その「場所」っていうのはホーム=居場所なんですよね。
それは例えば自分の家だけでなく外食でもいいと思います。
お気に入りのお店でもいいと思います。
自分が落ち着ける場所が、そして心身に栄養を行き渡らせることができる場所であれば、それはどこでもいいんじゃないかなって思います。

最後に、番組の冒頭に近いくらいではありましたが、ばっちゃんが「最近はご飯を食べて、居場所を提供して、それでも立ち直るのが難しくなってきた」と仰っていました。
ばっちゃんが子どもたちにご飯を食べさせるのを始めた頃と比べて、子どもたちの抱える問題、取り巻く環境が複雑化していることを表しているのですね。
しかしそれでも諦めずに根気よく子どもたちの帰りを待ち、ご飯を食べさせ、話を聞いて、時には褒め、時には叱り、家族でなくて、でも家族のような存在であり続けるばっちゃん。
わたしもそんなばっちゃんの思いを見習いたいなと思いました^^

ばっちゃん、82歳だそうです。
どうぞお体にお気をつけて、これからも子どもたちに寄り添っていただきたいです。

放送は終わってしまいましたが、NHKのリンクを繋いでおきますね。
NHKスペシャル「ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜」

こちらも参考にさせて頂きました。
ふるさと発スペシャル「ばっちゃん引退〜広島・基町 名物保護司 最後の日々〜」 
posted by 深山静 at 22:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする